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トキの過ぎゆくはやさに(・´з`・)

  • 2018年3月20日
  • 読了時間: 3分

ご縁があり、2月にひとりで、雪の和歌山の高野山へ行き、宿坊にお世話になりました。

ひとつひとつの素材が生かされた、味わい深い丁寧な食事。

真っ白な雪の中をひとり歩く。また歩く。そして、たどり着いたのは奥の院。美しいところでした。

また、大師会館での授戒体験では、灯りのない暗闇にひとりで数分いるという初めての経験をしました。 普段、当たり前にある電気の有難さを感じ、ここちよい音楽のようなお経のようなものから始まり、阿闍梨さまからの説法を受ける厳粛な時間でした。

この出来事は、つい1か月ほど前のことなのに…随分前のようで、でも最近のこと。 毎日が早く展開して、FBで少し綴るものの、このブログに綴る間もなく、過ぎていました。

深夜に観たTVのことがずっと心に残っていて、綴っておこうと思います。

福島原発付近にあった精神科病院が、東日本大震災の後、病院としては機能できなくなり、それにより、

転院となり、そこに入院していた方を対象に、継続入院治療の必要性の有無を判定した結果、社会的入院の方が多く、精神科治療・入院の必要のない方が多いという状況を描かれていました。

かつての閉鎖隔離収容が主体の精神科医療により、長期の社会的入院となったった患者さんが増えていく一方で、

全く退院するすべもないまま何十年も精神科病院に入院せざるを得なかった方が多かったという状況、

平成25年度から福島県にて帰還事業の一環として始まった「福島県精神科病院入院患者地域移行マッチング事業」として、入院治療の継続の必要性を判定したということ、高野病院という地域医療に貢献されている病院の在り方などを知るきっかけになりました。 番組の中で、最も印象的だったのが、30年ほど入院されていて、50歳代で退院し、社会に帰還された方の「もっと早くに退院したかった」と後悔されて、なぜ入院が長引いたのかをご自身で振り返られている様子でした。 誰もがその人らしく生きる。

基本的人権が守られて来なかった精神科医療における日本の在り方。

精神科治療・閉鎖病棟の在り方を問うていた生前の父から、再び焦点を当てろと言われたような気がしています。

ここで、どうしたいかという結論が出せるという訳ではないのですが、 ひとりひとりの個性、それぞれに物語がある。 病名で判断するというのではなく、その人の本質を見て、

関わるということを大切にしたいと思います。 言葉にしながら、言葉にならない、何となく描いているイメージが湧いてきます。 その言葉にならない感覚、違和感のようなものを少しずつ整理していくと、

答えが見つかるような気がします。 その部分、大切にしようと思います。 ちょうどラジオから、『THIS IS ME』が流れて来ました。

映画 『グレイテストショウマン』 それぞれが、生かし合っている。 それぞれに存在価値がある。 先日開催された『公式・変態サミット』でも、同様にみんながそれれに 唯一無二の素晴らしい存在であるということ。 これを再確認した 今日この頃です。 わたしde渡す🎶


 
 
 

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